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改装スタートしました。。


在庫も含めてブラックアウトしたのは、ファイルも整理しなおすからです。
リンク切ればかりになるので

テストは二つ問題なく済み、次は一週間弱後。
その間にいろいろと溜まった本業(学生業)を・・・。
えー・・・ミレイユは、火事になってても自分の布団が燃え出すまで寝ているタイプです。。
ギリギリで生きていたい~な・・・わけじゃないんですが・・・。

教授に予めデッドラインを聞いていたのでここまで引っ張っていたのですが、さすがにそろそろ本気でやらないと・・・。

じゃあ、改装してる場合じゃないだろ、というツッコミが入りそうですが、
00の新OPの曲を聞いていると、ついつい。。
二期は何となく一期以上にどす黒い展開っぽいので、それらしい雰囲気にしたいです。
あと、サイト名。
当初からその予定だったんですが、二期ではサイト名を変えようかなと。
一期はまだxanadu=楽園でよかったけど、二期はもう手遅れな感があるので。。

本編がどんなに悲惨でも、スザクに救いがあればいいです(スザク至上)。
俺様な枢木もむしろ萌えるし、本来のドSっぷりをどこまで発揮してくれるのか・・・今からハァハァが止まらない(待て)。


そんな(公私じゃなく)腐私共に荒波の中の泥舟をやっていたら、うっかりDVDを借りてしまいました。


“巌窟王”です。

相当前に5,6話くらいしか見ていなかったので、気にはなっていたんですが。。
すごい・・・やっぱり、このアニメ、半端じゃない・・・芸術で、文学・・・どんだけ(ry

オリジナルの巌窟王の動きのある展開と面白さをそのままに、純文学の要素を溶け込ませた青春映画だと思います、あくまで個人的には。
美術と演出の意表を突く感じも好きです。
何より、復讐劇と対比される、儚く美しい幼年(少年?)時代との別離が鮮やかで、なんとなく見ているうちに、
人間って大人になる時に、一番大切な何かを足元に埋めるのかもしれないなと思いました。
それが、大人になると感じる、「何か途方もない忘れ物」になるような・・・。
ある日突然思うんですよね、「あれ?何か、大切なものを忘れてる気がする・・・けど、何だろう・・・?」って。
ものすごい焦燥感があるのに、どこかで「あれはもう戻らないもの」と知って諦めてる。
そういう類のもの。

そんなわけで今、中盤過ぎで自制してるんですが、うっかり本気の泣きが入りました。
最後まで見たら、テストとか卒論とかが銀河の彼方に行きそうな気がしたので我慢してます。


以下、ネタバレ含むので見るつもりのある人はUターン。
気になる方or見たことある方は是非read moreから。





私はあの話の中でフランツ(主人公の幼馴染)が一番好きです。

「結婚するだけが、相手を幸せにしてやる方法じゃない」

とか言って、心の底からアルベール(主人公)の幸せを願う辺り・・・おまえ、どんだけいい奴・・・!

愛する=相手を如何にして幸せにしてやるか、

というこの発想。思いつかなかった・・・!(おい)
フランツに胸を打たれました。彼の存在そのものがガンダm・・・じゃなくて、感動の対象。
なんていうか・・・誠意と真心の愛情なんだなって。
恋愛とか独占欲とか、そういう粗野な感情じゃなくって、見返りなんて何もいらなくて・・・ああ、何か陳腐なことしか言えないのが歯がゆいし、思い出したら泣けてきた・・・。
普通、好きな相手には自分がどれだけ相手を思っているか、行動にせよ、言葉にせよ、示して伝えようとする。
でも、そんなこと一切考えず、あくまで『幼馴染の親友』であり続けたフランツが・・・大好きだったのに。


フランツの死は、軽いトラウマになりそうです(確定情報)。


ユフィが死んだ時、電話片手にボロボロ泣いたけど(迷惑)、
フランツに至ってはその回見終わって二日経つ今でも涙が出てくる。
あまりにショックで、翌日友人に話してる時にも泣いて、相手も何故か貰い泣きという。

好きな人の身代わりで死ぬ、ってストーリー上よくある描写だけど、巌窟王を見て、初めて真剣に考えた。

実際そんな簡単にできることじゃないと思う。
突発的に庇ってしまう、ということならありえても、嬲り殺しにされるのが分かっていて代わってあげられるだろうか。
軍人でもない、戦ったこともない、剣を持ったのも初めて。
15,6の普通の子供なら怖くて当たり前で、事実、フランツはアルベールの代わりに甲冑を纏って戦いながら、本当に怯えていた。

逃げればいい。
「俺はアルベールじゃない!」って投降すればよかった。
でも、しなかった。
自分が逃げたら、アルベールが死ぬ。
自分の死という本能的な恐怖と、アルベールを失う(本能に逆行する)恐怖が葛藤しながらも、アルベールへの思いが上回っていたんだな、と。
そういうリアルさが、見ているこっちにも伝わってきて、私も怖かった。
まさか、アニメで死の恐怖を疑似体験するなんて・・・(映像美がすごいんです・・・/泣)。

結局最期も自分の気持ちは伝えなかったのが、また切なくって・・・辛くって・・・。
私がアルベールなら、自分が生きてることが許せないと思うくらいに。
アルベールはフランツを失って初めて、どれだけ彼が自分を思っていてくれてたのかを知ったわけだけど、
遺された側も・・・辛い。
アルベールにとって、足元に埋めていかなくてはいけないのは、フランツなのかもしれない。

フランツのような愛し方が正しいとかじゃなく。
ただ心から、フランツの愛し方が好ましいと思った。
また、自分はそういう風に人を愛せるだろうかと考えて、凹んだ・・・。

もちろん、あれは物語で現実とは何もかも違う。
けど、見た人誰しもきっと、記憶の底の方で共鳴する感情がある気がする。
秘密も澱も傷もなかった頃、純粋に追いかけたものの影がちらつく。


自分は大人になる時、誰の屍を埋めたんだろう。

と、一緒に失ったものを、考えた。


心辺りはあるけど、きっとそれは思い出さない方が平穏なんだとどこかでセーブが掛かる。
そんな自分は逃げることを覚えた“大人”になってしまったのかもしれないけど。

ある程度いろんな目途がついたら、最後まで見て、またチラッと感想書きたいです(・・・精神的に可能なら)。


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